【解説】黒潮の恵みによる多様な生態系を楽しむ伊豆のダイビング

スキューバダイビングと言えば、世界的にもメジャーなレジャースポーツです。
日本でも不動の人気を誇っていて、一度はやってみたいとレジャースポーツのランキング上位に常に入っています。
青い海にサンゴ礁、その中を泳ぐトロピカルな魚たち。水族館のような美しい光景。
誰にとっても憧れのスポーツです。

では、日本でスキューバダイビングと言えば?と言うことを考えたときに、
思い浮かぶのは、「沖縄」「小笠原諸島」といったところかもしれません。
確かに沖縄は石垣島や与那国島、久米島、渡嘉敷や座間味などの諸島部を含めて、世界有数のダイビングリゾートです。
また太平洋に浮かぶ小笠原諸島は、透明度が高く、固有生物もいて、まさに真っ青な海の広がるダイビングの聖地とも呼べる場所でしょう。

一方で調べてみるとわかりますが、実は日本のダイビングスポットは沖縄や小笠原以外にも、非常に多いのです。

沖縄、小笠原諸島はもちろんですが、奄美や鹿児島、熊本、宮崎、和歌山、高知、そして、伊豆。そのほかにも神奈川や佐渡、北海道でも楽しめます。

ダイビングスポットの数がこれだけあるということは、その人気が日本でも高いということの裏返しです。

ここでは日本のダイビングスポットの中から、伊豆について、ダイビングスポットとしての魅力を黒潮との関係性からご紹介していきます。

日本のダイビングの歴史の始まりの場所

今ではそのように、日本でもメジャーなレジャースポーツとなったスキューバダイビングですが、実はその日本での発祥は伊豆にあります。

益田一先生という方が、1964年に伊豆海洋公園にダイビングセンターが設立されたことから、日本のレジャーダイビングが始まったと言われています。
そこからスタートして、日本全国にダイビングスポットが開発され、今ではほぼ日本全国でダイビングを楽しむことができるようになったのです。

日本のレジャーダイビング発祥の地として歴史ある土地ですが、当然、海も素晴らしい環境出なければいけません。実際、世界でも有名なダイビングスポットとして知られています。

なぜ、世界的にも有数なダイビングスポットとして知られるようになったのでしょうか。

伊豆半島の歴史

伊豆半島は約2000万年に、本州の南の海上数百キロ沖に存在した海底火山群がその始まりと言われています。

その誕生の位置は現在の地図では硫黄島付近と言われています。硫黄島といえば、世界的にも有名なダイビングスポット、小笠原諸島よりも更に南にありますから、かなり驚きです。

最近、小笠原諸島付近で西之島という火山島が噴火により出来上がりましたが、まさにあのような火山島から全てが始まったのです。

その後、その火山島の一つであったものが、フィリピン海プレートの移動と共に北上を続けて、やがて本州に近づきます。
そして、ついにその島と本州が衝突したのが今から約60万年前のことだと言われています。

2000万年前から60万年前まで、私たちの生きている寿命よりもずっとずっと長い、気が遠くなるような時間をかけて本州へやってきたのです。

本州にぶつかったほうの伊豆半島は、もともと火山島です。
火山島は何もない海底から段々と山が作られていきます。

そして、ついに山の頭が海に顔を出して島になるのです。つまり、もともとの火山の頂上付近だけが見えているようなものです。

そして、そのもともとの山の裾野は、海底に向かって広がっていく地形をしています。海の中に富士山がすっぽり浸かっているようなものです。
ですから水中の地形は、陸から割と近いところで段々と深くなっていく地形をしています。
その地形のおかげでダイビングにとってはメリットが生まれています。

深い場所から浅い場所までいろんな水中の地形が作り出されて、ダイナミックで多様なスキューバを楽しむことができるようになったのです。

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ちなみに、今の伊豆半島が、海の中から陸上に隆起したのは200万年前から100万年前くらいと言われています。
この島と本州がぶつかって半島になったんですね。
本州とぶつかって本州の一部になった場所として、かつては箱根や御殿場あたりも同じく独立した島だったそうです。
この名残りで、今も足柄山〜御殿場付近には海底の堆積物の地層が残されているそうです。

黒潮との関係性

伊豆でのダイビングを語るときには、黒潮の影響を抜きにすることはできません。

黒潮は、日本海流と呼ばれる海の中の大きな水の流れのことで、暖かい水を運ぶ「暖流」の一種です。
日本近海を流れる海流の中でも、水量および規模の点で世界的にも最大規模の海流と言われております。フィリピンの南付近からよりから日本の房総半島沖までを流れて、さらに西に行った太平洋の沖まで流れています(一部は房総半島付近で向きを南に変えて、小笠原諸島近海を通って、また南の海に戻っていることが分かっています。

なぜ「黒潮」という名前なのかというと、海の色が黒いからではないのですが、実際にいくと、海が青黒っぽい色をしていることに由来しています。

ただの暖かい水の流れというだけでなく、巨大な海の川なので、幅は100km以上、深さは数100m、表面の速さは毎秒2mと言われています。昔は海の船乗りからは、「黒瀬川」と呼ばれたこともあるそうです。
この巨大な海の川は深く、塩分の濃度が高く、そして流れが速いため、海水の上下方向での循環が起こりにくいのです。そうすると、海の表面付近で太陽の光などで栄養分がなくなってしまいます。そうするとプランクトンなどが育ちにくく、多様な生態系にならないのです。つまり、栄養素が乏しく、プランクトンなどの微生物も少ないので、必然的に水の透明度が上がります。

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水の透明度が上がると青い色を優先的に吸収するので、海が深い青色、つまり紺色に見えるのです。ですから透明度が高く、青い海になります。
しかも海流が巨大なのであたり一面が深い青色になるということです。

黒潮はフィリピン沖から北上し、沖縄の北川を通って屋久島付近で九州の東側に流れていき、その後、九州から四国、本州の沿岸部に沿って流れています。伊豆半島は太平洋側に少し突き出した形になるので、四国や和歌山と同じく、物理的に海流に近い位置にあります。そのため、他の地域に比較して影響を受けやすく、温かく温暖な気候がもたらされるのです。もちろん、海の中も影響を色濃く受け、比較的温かく、透明度も高くなる傾向があります。

暖流がもたらす恩恵

黒潮は陸上では温暖な気候をもたらし、水中では南からの温かい海水を運んでいます。その温かい水の流れに乗って、水蒸気も発生しやすく、日本の山々で雲ができ、それが雨となって地表に降り注ぎます。そうすると山には森ができ、森の栄養が川を伝って海に流れることで日本の沿岸部は栄養豊かな海となります。その結果、多様な生物の宝庫となってダイビングにとっても最適な環境が出来上がるのです。

栄養素が少ない海流ですので、生物にとっては生きにくい環境ですが、巡り巡って、伊豆のダイビングの環境を作り出しています。

もう一つの重要なことは、南の海から、トロピカルな生物を伊豆付近まで連れてくる運搬の役目を果たしていることです。
黒潮は確かに貧栄養の海流ですが、その規模は非常に大きく、温度も高い。
非常に大きくて速い海流は、沖縄などの南の島から亜熱帯、熱帯の魚たちの卵や稚魚を運んできます。そして、それが、日本の太平洋沿岸に流れ着いてくるのです。

ですから、伊豆では亜熱帯性や熱帯性の魚も見ることができます。これがゆっくりで規模の小さい海流であれば、日本沿岸に到達することもないでしょう。

また、暖流ですから、亜熱帯や熱帯性の生物が生息するために必要な海水温を保つ上でも重要な役割を果たしています。大量の暖かい海流がとんでもない速度で本州沿岸に運ばれてくるので、海水温は自然と暖かくなります。

ちなみに、南方の暖かい水を運んでくる黒潮がもっとも本州に接近するのは秋なのです。ですから、日本の太平洋沿岸部では実は秋が一番海水温が高く、透明度も増すのです。伊豆も例外ではありません。ですから、ダイビングもダイビングライセンス取得も、伊豆の場合は秋をおすすめするのはこれが理由となります。

このように、黒潮による恩恵はダイビングに、大きな影響を与えています。

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暖流があるからこそ、これだけ多様な生物を季節に応じてみることができる、そして、伊豆の海の雰囲気や透明度はガラッと変わってしまいます。

余談ですが、ダイバーによっては透明度が上がる夏の終わりから秋にかけて、海がいつもよりしょっぱくなるという人もいます。塩分濃度が高い黒潮の影響なのでしょうか。でも、確かにしょっぱく感じるときは海の透明度も高い、そんな気がします。

世界最大の海流の恵みを受けて

伊豆半島が60万年前に本州にぶつかってから、あるいはその前から半島は黒潮とともに長い時間を共に過ごしてきました。
ずっとずっと昔から、海流と日本の地形が織りなす自然の営みがあり、私たちがダイビングができるようになる前から豊かな海が作り上げられていたのですね。

その自然の営みの中でダイビングというレジャーを楽しむことができる。本当に素晴らしいことだと思います。
特に秋は、ダイバーにとって楽しみな時期であり、地球が生きているという自然のダイナミックさを感じられる時期でもあります。

秋に限らず一年中温暖な気候を伊豆にもたらされており、その温暖な気候を活かして農作物や果実の栽培も盛んですし、まさにリゾートのような雰囲気を作り出しています。

ダイビングがそんな伊豆半島で始まったというのは、偶然ではなく、そこには理由があり、益田先生の先見性には尊敬してしまいます。
益田先生の開いたIOPは日本のダイバーならほとんどの方が知ってる場所であり、ダイビングライセンス講習のメッカとして、新しいダイバーを送り出しています。

黒潮という自然の恵みを受けて、伊豆から始まった日本のダイビング。一度はどんな場所か体験しておいても損はないと思います。できれば、その恩恵を最も感じられる秋に。